2008年09月22日

天地人の道と教

今日の論語15

子曰わく、教有(おしえあ)りて類無し。

  (衛霊公第十五・仮名論語二四三頁)


解 釈
先師が言われた
「人は教育によって成長するもので、
はじめから特別の種類はないのだ」

通 釈
「教える」ということは、
「人の道」を教えることであります。
本来は天のルールを「道」、地のルールを「理」
と呼んでいます。
また天地を結んで万物を生生化育する造花のルールを「道」
ともいいます。
そして、その道理にかなった人のルールを「義」といい、
我々が立派な人間になるためにはその「道議」を
踏み行って徳を積む事が最も大切です。

これを先に進んだ人が、後から来る人のために指し示した道標を「教え」
といいます。
それを直接その人から学ぶ事が一番よいわけですが、
それは容易なことではないので、
その人の教えを記した書物等から学んでいくのが最も身近な学び方です。

      
「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫 得を積む・・・最近その意味が少しわかりはじめたニャー わーい(嬉しい顔)


     高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     
http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     
http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 10:08| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月21日

敬と恥

今日の論語14

子曰わく、
君子は其の言(ことば)の其の行いに過(す)ぐるを恥ず


(憲問第十四・仮名論語二一六頁)


解 釈
先師が言われた
「君子は、自分の言葉が行いより以上になることを恥じる」


通 釈
人は生まれながらに、
他の動物とは比較にならない向上心を天より与えられております。
そして向上にあたっては、まず目標を持つことが大切です。
そうしてその目標に比べて大きな隔たりを感ずるときに、
目標に対して起こる心が「敬」であり、
らを省みて、なぜ自分は及ばないかと思うときに起こる心が「恥」です。
したがって「敬」と「恥」は一つの心の両面であり、
敬恥の心」の起こるところは人は限りなく向上します。

宗教は「敬」を基準とし、道徳は「恥」を基盤としているので、
健全な宗教には道徳の裏づけがあり、
道徳の裏づけには宗教があります。

孔子はその両面を具備した人でありますが、
どちらかといえば道徳を表としています。
ですから、その道徳の宝庫ともいうべき「論語」にも
「恥」が多く説かれています。

「恥」=「耳」+「心」

「はじ」または「はずかしめられる」と、
耳が熱くなり、赤く色づいてくるところからこの字(恥)が作られました。 

恥を知ることを 「知恥」
あやまちをはじることを 「恥過」
心にはじておそれることを 「恥懼(ちく)」

      
「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫耳」と「心」で「恥」、会意文字って・・・すごいニャー〜
  ちゃんーんと腑におちるニャー わーい(嬉しい顔)


     高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 11:32| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月19日

改過

今日の論語13

子曰わく、
君子、重からざれば則(すなわ)ち威(い)あらず。
學べば則ち固ならず。
忠信を主とし、己に知かざる者を友とすること無かれ。
過てば則ち改(あらた)むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ


  (而學第一・仮名論語四頁)


解 釈
先師が言われた
「上に立つ人は、言動を重々しくしないと威厳がなくなる。
学べば独善、頑固でなくなる。
忠信(まこと)を第一とし、
安易に自分より知徳の劣った者と交わっていい気になってはならない。
そして過ちに気がついたら改めるのに誰にも遠慮はいらないよ」


通 釈
孔子は「過てば則ち改むるに憚ること勿れ」
と言っておられます。
これは誰でもが知っておる有名な言葉ですが、
容易に実行しにくい事柄でもあります。
しかしこれは人によってなされるものではなく、
自らの心の鏡に映し、
自らの意志によってなさねばならないことです。
それにはまず私心私欲を去る勇気が必要となってきます。
孔子の言う
「心の欲する所従えども矩(のり)を踰(こ)えない」
境地は、
この「改過」の積み重ねによって開けたものではないでしょうか。

   「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 あたいは、毎日、心の鏡を磨き実践中!だニャーあせあせ(飛び散る汗)
 
   
高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 07:18| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月18日

勤勉努力

今日の論語12

子曰わく、性、相近(あいちか)きなり。
習、相遠(あいとお)きなり。

   (陽貨第十七・仮名論語二六八頁)

解 釈
先師が言われた
「人の生まれつきは、
だいたい同じようなものであるが、
しつけによって大きくへだたるものだ」

通 釈
人の生まれつきは誰も似たものであるが、
学習によって大いに違ってくるというのであります。
〜中略〜
中江藤樹先生のもとに、
大洲から大野了佐という非常に魯鈍(ろどん)な青年が、
医者を志して入門してきました。
彼は覚えが悪く、わずか二、三句を、
午前十時から午後四時まで二百回繰り返してようやく覚えましたが、
夕食を済ますとすっかり忘れておった。
そこで更に百回を繰り返して完全に覚えたというほどのものであります。
こうして日を重ね、年を経て立派な医者になることができました。
のちに藤樹先生は
「自分は彼を教えるのに精魂を尽くし果した。
しかし彼がひるむことなく、人の及ばぬ勤勉努力をしたお陰だ」と。

     「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 100回でも200回でも・・・がなかなかできなかったりするんだニャーあせあせ(飛び散る汗)
 
   
高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 08:03| 山形 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月17日

仁に親しむ

今日の論語11

子曰く、弟子(ていし)、
入りては則(すなわ)ち弟(てい)、
謹(つつし)みて信、
汎(ひろ)く衆(しゅう)を愛して仁に親しみ、
行いて餘力あれば、
則(すなわ)ち以(も)って文を學べ。
                
              
解 釈
先師が言われた
「若者の修養の道は、家に在っては孝を尽くし、
世に出ては、長上に従順であることが第一である。
次いで言動を謹んで信義を守り、
人々を愛し、
高徳の人に親しんで、
余力あれば詩書などを読むことだ。」

                     (學而第一・仮名論語三頁)

通 釈
ここで特に言いたいのは、
「仁に親しむ」ということであります。
友達同士が互いに切磋琢磨したり、
また読書したりすることは、言うまでもなく重要でありますが、
私淑(ししゅく)する立派な人物に親しく接触することは更に重要です。
〜中略〜吉田松陰が若くして大きな功績を残したのは、
二十歳のはじめに全国を巡り、
その土地の優れた人物を歴訪して教えを請うたところにあると思われます。

     「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 徳を具体的に言うとどうなるか、高野子に教わりましたニャー↓
 
   「人を思いやるに素直であれ!」 → 仁
   「正義を貫くに素直であれ!」 → 義
   「礼を尽くすに素直であれ!」 → 礼
   「知を磨くに素直であれ!」 → 知
   「人を信じるに素直であれ!」 → 信  

   徳は全て
ベース


高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 07:13| 山形 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月16日

本(もと)を務める

今日の論語10

有子(ゆうし)曰く、
其の人と爲(な)りや、
孝弟にして上を犯すを好む者は鮮(すく)なし。
上を犯すを好まずして亂(らん)を作(な)すを好む者は
未だ之れ有らざるなり。
君子は本(もと)を務む、
本立ちて道生(みちしょう)ず。
孝弟なる者は、其れ仁を爲(な)すの本か。


解 釈
有先生が言われた
「その人柄が、家に在っては、親に孝行を尽くし、
兄や姉に従順であるような者で、
長上にさからう者は少ない。
長上に好んでさからわない者で、世の中を乱すことを好むような者はいない。
何事でも、まず本を務めることが大事である。
本が立てば、進むべき道はおのずから開けるものだ。
従って孝弟は仁徳を成し遂げる本であろうか。

                         (學而第一・仮名論語一頁)

通 釈
道徳という「本(もと)」が立てば、人心・風俗が変わり、
進むべき道はおのずから開けるものであります。
校内暴力やいじめ等、学校教育が問題になっています。
これはやはり五十年前に遡らなければなりません。
特に五十代から六十代の間の人で、修身教育も道徳教育も受けずに、
小、中学校を出ている人たちが、
今の社会のリーダーとなっているということに大きな問題があります。
議会においても道徳という言葉がほとんど出てこないのは、
彼ら自信が修身科や道徳科を受けていないところに遠因があります。

     「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫論語を学び始めたころ、「あれ?あたいの母さんも同じ事言ってたな〜」
  「もしかして論語を学んでたの?」とビックリしましたが、
  母さんは修身教育を受けた人だったんですニャー
  

高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 10:10| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

惻隠の心とボランティア

今日の論語9

子曰(のたまわ)く、仁遠からんや。
我仁を欲すれば、斯(ここ)に仁至る

解 釈
先師が言われた
「仁は人が生まれながらに与えられているもので、
遠くに求めるものではない。
したがって仁を実践しようと思えば、
仁は直ちに実践されるあろう」
                   (述而第七・仮名論語九二頁)

通 釈
〜(略)これらの青年ボランティア活動は(阪神大震災)、
大部分やむにやまれぬ内心からの発動であって、
「論語」や「聖書」等に教えられ、
また人の指示によるものではなかったと思われます。
これは人に「惻隠(そくいん)=いたむ」の心があるからです。
それは下心があってのことではなく、
友達にほめられようと思ってのことでもなく、
また人を見殺しにしたと非難されるのを恐れてそうするのでもありません。
この惻隠(そくいん)の心を育て拡めていくことによって、
立派な人物となり、
善い政治をも行うことが出来るのであります。

    「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫「今日の論語7」の与えた上にも与えて報いを求めない(give and give)
   にも繋がる ニャー     



高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 08:06| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月14日

今日の論語8

今日の論語8

子曰(のたまわ)く、
我に數年(すうねん)を加え、
五十にして以って易を學べば、
以って大過無かるべし。

解 釈
先師が言われた
「自分に数年を加えて五十になる頃までに易を学べば、
大きな過ちはなくなるだろう」
                   (述而第七・仮名論語八十六頁)


通 釈
四十にして惑わずといいながら、
自ら省みて思いもよらぬ過ちを犯してひそかに恥じ入るところがあり、
易を学ぼうと考えたのではないか。
そうして五十にして天命を知り、
易学を無視してはならないと考えるに到ったのだと思われます。

         「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫易占いとすると、「火風鼎(かふうてい)」という卦がよくでます。
  キーワードは、「大きな鍋」どういう意味かと言いますと、
  鼎は三本足の金属製の鍋のこと。
  つまり、単独行動をさけ、他人と協力すると成功すると言う意味なのだニャー     




高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 08:47| 山形 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月13日

今日の論語7

今日の論語7

樊遲(はんち)、仁(じん)を問う。
曰(のたま)わく、
仁者は難きを先にして獲(う)ることを後にす、
仁と謂(い)うべし 


解 釈
樊遲が仁について訪ねた。
先師が答えられた
「仁者は、労苦を先にして利得を後にする。
これが仁というものだ」
                     (雍也第六、仮名論語七十五頁)

通 釈
者のやり取りには、

取ったうえにも取る(take and take)
先に取ってから与える(take and give)
先に与えてから取る(give and take)

与えた上にも与えて報いを求めない(give and  give)

この四通りがあります。

「取ったうえにも取る」は、動物的な在り方

「与えた上にも与えて報いを求めない」は、神仏的な有り方

中ふたつは、人間的な在り方

人において与える方は難しく、取る方は楽であります。
孔子は、難しい与える方を先にして、
楽な取る方を後にする、
すなわち先難後獲が人間らしい在り方で、
その心を仁といっている。
呼吸も「吐く方」が先で、
金銭質出納長の「出」は「だす」という意味です。

         「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫「見返りを求めない」というけれど、
  「ありがとう」という言葉も期待してはいけないのかニャー
  といつも考えさせられますニャー
     


高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 06:46| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月12日

今日の論語6

今日の論語6

子曰(のたまわ)く、
已(や)んぬるかな。
吾未(いま)だ能(よ)く其の過ちを見て、
内に自ら訟(せ)むる者を見ざるなり。


解 釈
先師が言われた
「なんともしようがない世の中だなあ。
私は、まだ自分のあやまちを認めて、
心の底から自分を責める人を見ない」
            
           (公冶長第五 仮名論語63項)


通釈(伊與田 學)
伊勢神宮の正遷宮(しょうせんぐう)は二十年ごとに執行されています。
昔から
「十年にして小変し、三十年にして大変する」
というように変わらないように見えても十年もすれば相当に変わり、
三十年もすればまさに隔世の大変化をするものです。
したがって三十年を一世というのには深い意義があるわけであります。
将来を予測するのはむずかしいことですが、
干支学からいえば、西暦2014年をピークに陰の時代にはいる。
悪く行えば、世界が戦国時代に突入しないとも限りません。
ここにおいて我々は曽子のいう日々三省し、
殷の湯王のいう「日に新た」の努力を怠らず、維新の大道を歩めば、
”禍を転じて福となす”ことも出来るでありましょう。
それを怠るというと手痛い外科手術「革命」
を余儀なくされかねないのであります。
そこで自浄復元の余力を残すのが二十年とみて、
伊勢神宮ではすべての社殿を建て替えることによって
無言の教示を与えているものと思われます。


        「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫十年ひと昔・・・現在は五年ひと昔?
  1年ごと自浄復元?しないとついていけない世の中だニャー
  (自浄復元をニュートラルとして使用しています。 
by こん)

     
高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 07:23| 山形 | Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月11日

今日の論語5

今日の論語5

子曰(のたまわ)く、
徳の修まらざる、學の講(こう)ぜざる、
義を聞きて徙(うつ)る能(あた)わざる、
不善の改(あらた)むる能(あた)わざる、
是れ吾が憂いなり。

解 釈
 先師が言われた
 「徳が身につかないこと、学びが究められないこと、
 正しい道を聞いても行う事ができないこと、
 悪い行いを改めることができない事の四つが、
 常に私の心をいためるものである」

                  (述而第七 仮名論語より)
  

通釈(伊與田 學)
これは孔子が何歳ごろの言葉かわかりませんが、学んでしかる後に足らざるを知るで、
孔子は常に自らを反省し、その至らなさに飽き足らなさを感じて、
一層修行に励まれたものと思われます。
「論語」は孔子の没後に編纂されたものですが、孔子の言葉をそのまま採用しております。
ここに切れば血の出る生ける孔子に限りない親しみを生ずるとともに、
「論語」が人間の書として不滅の光を放っているゆえんでもあります。
信徒からは観世音菩薩の化身と仰がれながら、
自ら凡夫と申された親鸞聖人の生きざまと相通ずるものがあります。
私も多感な青年時代、親鸞聖人に魅せられて
「南無阿弥陀仏」の称名に明け暮れしたのも、こんなところからでありました。

       
「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫
徳が身につかないこと、
  学びが究められないこと、
  正しい道を聞いても行う事ができないこと、
  悪い行いを改めることができないこと
  の四つが、常に私の心をいためるものである」
  ↑
  なので、あたいは「論語」を学んでいるんだニャー




     高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     
http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     
http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 04:52| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月10日

今日の論語4

今日の論語4

曾子(そうし)曰(いわ)く、吾(われ)日に吾が身を三省す。
人の爲(ため)に謀りて忠(ちゅう)ならざるか、
朋友(ほうゆう)と交わりて信(しん)ならざるか、
習わざるかを傅(つた)うるか。

解 釈
曽先生が言われた
「私は毎日、自分をたぶたびかえりみて、よくないことははぶいておる。
人のためを思うて、真心からやったかどうか。
友達と交わってうそいつわりはなかったか。
まだ習得しないことを人に教えるようなことはなかったか」

exclamation三省の”三”は「常に」とか「しばしば」という意味。
  ”省”は「かえりみる」と読みますが、「はぶく」という意味がある。


〜反省とは、自分が行った事、行ったことを再生して見るのと同じ〜

曽子とは曽参のこと
孔子の息子の鯉(り)=伯魚(はくぎょ)が早死にした為、
鯉の子つまり孔子の孫の伋(きゅう)=子思(しし)を預かって訓育に務めた
立派な人物です。

「孝経(こうきょう)」という書物を残している。
曽子の訓育を受けた子思は「中庸(ちゅうよう)」という書物を著している。

儒教は、「自省自戒の学」或いは「反省の学」とも云われておりますが、
どうして自己を省みる・反省をそんなに重要視したのでしょうか?
皆さんは「自分のことは自分が一番良く知っている」と思ってはいませんか?
残念ながらそれは錯覚です。
本当は、自分のことを一番知らないのが自分自身なんです。
昔から、
「人を知る者は智なり。自らを知る者は明なり」
と云って、自分のことを知るというのは、本当に難しいことなのです。

 (高野大造著 「論語」 あなたへの人生応援歌より) 


猫自分が自分を思うのと、人から思われているのって違ったりするニャー


     高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 02:27| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月09日

今日の論語3

今日の論語3

子(し)曰(のたまわ)く、
學びて之を習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。
朋(とも)遠方より來る有り、亦樂しからずや。
人知らずして慍(うら)みず、亦(また)君子(くんし)ならずや。


解 釈
先師が言われた
「聖賢の道を学んで、時に応じてこれを実践し、
その真意を自ら会得することができるのは、なんと喜ばしいことではないか。  
共に道を学ぼうとして、思いがけなく遠方から同志がやってくるのは、
何と楽しいことではないか。
だが、人が自分の存在を認めてくれなくても、
怨むことなく、自ら為すべきことを努めてやまない人は、
なんと立派な人物ではないか」
                                 (學而第一・仮名論語一項より)

exclamation先師とは亡くなった先生の意味


〜良き人生は、良き習慣に宿る〜

習慣は第二の天性と云われます。
習慣のこわい所は、知らず知らずいつのまにか本人の身についてしまうこと。

「心が変われば、態度(物の見方)が変わる。
態度が変われば習慣が変わる。
習慣が変われば人格が変わる。
人格が変われば人生(運命)が変わる
(スイスの哲学者アンリ・フレデリク・アミエルの箴言)」

つまり、人生を(運命)を変えたければ、人格を変えなさい。
人格を変えたければ、態度を変えなさい。
態度を変えたければ心(思い)を変えなさい

   (高野大造著 「論語」 あなたへの人生応援歌より)   



猫志しを同じくして、学べる友がいるというのは
  嬉しいし、とても励みになるニヤー


     高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 10:16| 山形 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月08日

今日の論語2

今日の論語2

 子(し)曰(のたま)わく、天、徳を予(われ)に生(な)せり。
 
 桓(かんたい)其れ予(われ)如何(いか)にせん



解釈
 先師が言われた「天は私に徳を授けられている。
 桓(かんたい)ごときが私をどうすることもできないだろう


 桓 (かんたい)=宋の司馬(軍務大臣)で孔子を殺そうとした
                                           (述而第七 仮名論語より)
  

通釈(伊與田 學)
 信念というものは、心の奥底から発するものであり、
 多くの書物を読み、また多くの人の意見を聞いて結論づけたものではありません。
 その信念は、平穏無事なときには発揮されないものですが、
 ひとたび思いがけないことに際会して、耐え難きを耐え、
 忍び難きを忍んでいかなければならないようなときに、
 大きな底力としてあらわれてくるものです。
 信念は時には、優しい慰安者となり、
 時には頼もしい救援者ともなるのであります。


exclamation世界でも解説書のもっとも多い書物は「論語」と「バイブル」だと言われているそうです。

exclamation論語とは、一から十まで他人の解釈に同調する事はいらなく、
 一人々が「論語」に対する「私感」を持つ事が大切だそうです。 

      「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫前振りがなく?思い立ったが吉日の行動をとる事が、
 たまにあります。
 そんな状態になる時は”心の奥底から発してくるんです”ニャーわーい(嬉しい顔)


     高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 03:40| 山形 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

今日の論語

以前、高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
http://rongo.jp/index.html
の写論を60日間書き続けたのがついこの間でした。

実際の勉強会には、まだ5回ほどしか行ってないのですが、
なんだか、やっぱり「すごいぞ論語!おもしろいぞ論語!」
と嵌っております。手(チョキ)

さて、今日からは、
「論語に生き 論語を活かす」 
伊與田 學 著
の中から写論をはじめようと思います。

・・・の前に、

exclamation論語って?何?

 今から2500年くらい前、に孔子が言った事、行った事。
 又、優れた弟子達の言った事、行った事。
 そしてお互いに問答をしたことなどを、
 孔子の直弟子の次の孫弟子の時代に
 恐らくは自分の先生から直接伺った孔子の記憶を思い起こし、集めて、
みんなでして編纂した短い

exclamation
孔子って?
 紀元前551年に生まれ、479年に73歳でなくなった人。
 キリストさんよりも古いです。
 お釈迦さんと大体同じ頃と言われています。

 姓=孔 名=丘(きゅう) 字=中尼(ちゅうじ)

 孔子の子は、先生という意味です。
 なので、孔子=孔先生と読んでいる事になります。


今日の論語1

子曰(しのたま)わく、
吾十有五(われじゅうゆうご)にして學(がく)に志(こころざ)し、
三十にして立ち、四十にして惑わず、
五十にして天命を知り、
六十にして耳順(みみしたがい)い、
七十にして心の欲する所に従えども矩(のり)を踰(こ)えず


解説

私は、十五の年に聖賢の学を志し、
三十になって一つの信念を以って世に立った。
然し世の中は意のままには動かず、
迷いに迷ったが、
四十になって物の道理がわかるにつれ迷わなくなった。
五十になるに及び、自分が天のはたらきによって、生まれ、
又何者にもかえられない尊い使命を授けられていることを悟った。
六十になって、人の言葉や天の声が素直に聞けるようになった。
そうして七十を過ぎる頃から自分の思いのままに行動しても、
決して道理をふみはずすことがなくなった。
                                       (現代訳 仮名論語 冩政第二 より)


ひらめき「これは孔子が70歳を過ぎた、最晩年に生涯を振り返って、
 自分はこういう変化をしながら現在の境地に達したのだということ」
 らしいです。


猫あたいは、ただいま、人に学び、書に学んでいる真っ最中だニャー


論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 08:19| 山形 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月08日

6月の論語

以前mixiで、

「書いて味わう人生応援歌 論語」
高野 大造 著http://rongo.jp/index.html

の、写論を60日ばかり続けていた事がありました。

終了した後の状態はというと・・・勉強しきれた状態のようになりまして、(爆)
「もう論語は卒業?」
なーんて事思ったりもしたのですが、
「写しただけで、身につけてないじゃなーい」
と、いうことで、毎月一回開催される
「論語に学ぶ 山形塾」で勉強した中から、
ひとつ選んで、書いていこうと、今朝急に思いたちました〜わーい(嬉しい顔)

と、いうことで・・・・


6月の論語その1

※原文は省略いたします

<読み下し>
南容(なんよう)、白圭(はくけい)を三復(さんぷく)す。
孔子、其の兄の子を以って之に妻(めあわ)す。


<子ども論語、意訳>
弟子の南容(なんよう)は、
「美しい玉は欠けても磨けば元通りになるが、
人の失言(しつ)は一度口から出たら取り返しがつかない」
という詩が好きで、日に何度も口ずさんでした。
これを見た孔子様は、
「言葉を慎重に選らぶ心がけは立派なことだ」
とおっしゃって、兄の娘さんと結婚させた。


ひらめき
「美しい玉は欠けても磨けば元通りになるが、
人の失言(しつ)は一度口から出たら取り返しがつかない」

私の今年の運勢の中に
「口が災いするのも今年の傾向ですので、言動には注意が必要です」
と、あるのを思い出しました。
南容のようにこの詩を何度もくちずさもう・・・・・っと(爆)
ちなみに、口ずさんでいたら・・・・素敵なパートナーが現れるかしら?(笑)猫





「論語に学ぶ会 山形塾」のご案内

「論語」=難しいもの・・・
「論語」=受験勉強に必要だっただけの役に立たないもの・・・
「論語」=読みきれないもの・・・
なんて、思っている人は多いのではないでしょうか?

 これらの先入観とは全く違う形で論語に触れて、
学ぶ事ができるのが、
「論語に学ぶ会 山形塾」です。

講師の高野先生は論語を「活字(=役に立つし、ためになるように学ぶ)」
として面白く、丁寧に解説してくれます。
人生につまづき、失敗し、それでも目標を持ち続け、
前進し続ける高野先生自身も論語に出会い、
学び続けている人間のひとりです。
先生は論語を何百回と読み込んだ方ですが、

論語に学ぶ会」は論語「」学ぶ会ではありませんので、

論語を完璧に理解して学者になる為の勉強会ではありません。
あくまでも現代調に意訳された「高野論語」をもとにして、
論語「」学ぶ会なのです。
そんな「高野論語」は、山あり谷ありの人生を歩もうとするあなたに、
考える種や頼りになる道標をきっと与えてくださるはずです。
自己研鑽だけでなく、ビジネスや人間関係の構築にも
実践的に役立てることのできる論語に学んでみましょう。
難しい漢和辞典もいりません。
posted by こんちゃん at 08:21| 山形 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月26日

口は禍の門

         口は禍の門(くちはわざわいのもん)

意味:口は災難を招くもの、うっかり言ったことばが、
    思わぬ失敗を招くことがあるので
    ことばは慎んだほうがよいという戒め。


昨年からたくさんの人と出会うようになっています。

んで、いろんな場所でいろんな方とお話をしています。

例えば、今まで10人の人としか話していないのに、
30人の人と話しをするようになると・・・

「あれっ?この話し前にもしたっけ?まだだっけ?」

なーんてこともシバシバ出で来るようになってきます。
(年齢も関係しているのかな〜)

そこで、思い出すのが、今年の運勢

    口が災いするのも今年の傾向ですので、言動には注意が必要です

ついつい調子に乗りすぎてオシャベリする傾向があるので、
注意!注意!と言い聞かせているこのごろです。ふらふら
posted by こんちゃん at 07:55| 山形 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする