2008年10月12日

師恩友益

今日の論語 35

曾子(そうし)曰わく、

君子は文を以って友を會(かい)し、

友を以って仁を輔(たす)く。

(顔淵第十二仮名論語一七九頁)


解 釈
曽先生が言われた
「君子は文事によって友と相会し、
その友達同士の切磋琢磨によって
仁の道を実行して人間向上の助けとする」

exclamation君子=立派な人になろうと志す人
exclamation文事=詩書礼楽等

通 釈
孔子を失った弟子たちは、
糸の切れた凧のように途方にくれたに違いありません。
そのとき曽子は友の大切さを説き、
その手近な方法として「会輔(かいほ)を示唆
したのではないかと思われます。

会輔は「文を以って友を会す」の「会」と、
「仁を輔く」の「輔」を併せたものです。

織物は、一貫した縦糸に横糸が動くことによって
美しい模様も現れます。
人間もまた、
縦糸にあたる師弟関係と
横糸にあたる友達関係によって、
麗しい人柄に形成されるものです。

吉田松陰の
「徳を成し材を達するには、
師の恩、友の益多きに居る。
故に君子は交遊を慎む」(士規七則)も
これを強調したものであります。

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫 縦糸も横糸も必要なんだ
ニャー
   
   


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2008年10月11日

頂門の一針

今日の論語 34

冉求(ぜんきゅう)曰わく、

子(し)の道を説(よろこ)ばざるに非ず、

力足らざればなり。

子曰わく、

力足らざる者は中道にして廃す。

今(いま)女(なんじ)は畫(かぎ)れり。

(雍也第六・仮名論語七一頁)


解 釈
冉求が言った
「先生の説かれる道を喜ばないわけではありませんが、
ただ何分にも私の力が足りませんので
行う事ができません」

先師が言われた
「力が足りないかどうかは、
力の限り努力してみなければわからない。
力の足りない者は中途でたおれるまでのことだが、
今お前は、
はじめから見切りをつけてやろうとしない
それではどうにも仕方がないよ」

通 釈
〜通釈 略〜

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫 一歩を踏み出さなければ、
  何も変わらないんだ
ニャー
   
   


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2008年10月10日

義利

今日の論語 33

子曰わく、

利に放(よ)りて行えば、

怨み多し。

(里仁第四・仮名論語四二頁)


解 釈
先師が言われた
「自分の利益のみを思うて行えば、
やがて互いに怨みあうようになることが多い」


通 釈
現代欧州には「EC」、
北米には「NAFTA」とか、
経済圏の構築が進められております。
太平洋沿岸地帯においても「APEC」と
称する構想が論じられるようになりました。

その共通点としては、
利に立っておるということになりますが、
目先の利のみを追求するときは、
やがて怨みから争いとなり、
ついには破滅の道をたどることになりやすい。

孔子も
「利に放りて行えば怨多し」
と言っておられます。

「論語」には他にも

「利を見ては義を思う」

「得るを見ては義を思う」

などがあります。

これは「義」は利のブレーキ役とみている。
要するに真の利は「義の和」であり、
「義は利の本」であるということ。
こらは古来変わらない真理であります。

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫 目先の利ではなく、
   もっと先の利を考えていかなきゃ
ニャー
   
   


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2008年10月09日

克己復礼

今日の論語 32

顔淵(がんえん)仁を問う。

子曰わく、

己に克ちて禮に復(かえ)るを仁と爲す。

一日(いちじつ)己に克ちて禮に復れば、

天下仁に歸(き)す。

(顔淵第十二・仮名論語一六一頁)


解 釈
顔淵(がんえん)が仁の意義を尋ねた。
先師が答えられた。

「私利私欲に打ち勝って、
社会の秩序と調和を保つ礼に立ち戻るのが仁である。
たとえ一日でも己に克って礼に帰れば、
天下の人もおのずから仁になってくる」。

通 釈
「礼」は自分で自分の行為を規正することを本旨とするが、
その礼に罰則がつくと「法律」になるのであります。
したって法律は国権が衰えれば、
たちまち行われなくなる。
権は力であるので、無理に成りやすい。
無理とは道理を無視したことで、
一時はうまくいっても長続きはしないものです。
〜後略〜

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫 仁は徳のベース、仁は徳のベースだ
ニャー
   
   


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2008年10月08日

先師の述懐

今日の論語 31

子路(しろ)、

聞くこと有りて、

未だ之を行うこと能(あた)だざれば、

唯聞く有らんことを恐る。

(公冶長第五・仮名論語五六頁)


解 釈
子路(しろ)は、
一つの善言を聞いて、
まだそれを行うことができなければ、
更に新しい善言を聞くことを恐れた。

通 釈
安岡正篤(やすおかまさひろ)先生が、
孔子の歿年(ぼつねん)に達せられた頃、

「人間というものは、自分でわかったつもりでも、
なかなか本当のことがわからぬものである
ということをしみじみと感じられる。

私など「論語」はもう子供の頃から読んで、
ほとんど空で覚えておるくらい読み抜いてきたつもりでおるのですが、
はたしてどれだけ読めておったのかと思うと、
まことに恥ずかしいことで一向に読めておらない。

正に「論語読みの論語知らず」である、
ということをしみじみ感ずる」

と語られたことがあります。
〜後略〜

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫 あたいは、体感・経験しないと
  覚えられないタイプです
ニャーふらふらわーい(嬉しい顔)
   
   


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2008年10月07日

追慕の情

今日の論語 30

子貢(しこう)問うて曰わく、

賜(し)や何如(いかん)。

子曰わく、女(なんじ)は器(き)なり。

曰わく、何の器ぞや。

曰(のたま)わく、瑚l(これん)なり。

(公冶長第五・仮名論語四九頁)


解 釈
子貢(しこう)が尋ねた
「私はどんな人物でしょうか」

先師が答えられた
「お前は器である」


子貢は不満そうに尋ねた
「それはどういう器でしょうか」

先師が答えられた
「祭りに用いる大切な器だねえ」

通 釈
孔子は子貢を瑚l(これん)という宗廟のお供えを盛る
貴重な器であると評しました。

器というのは限定されたはたらきを持つもの、
子貢は有能で優れた人材ではあるが、
まだ、どんな器にもはまらないほどの
融通無碍(むげ)な道に達した君子ではないことを示唆しています。

exclamation融通無碍(むげ)
  =行動や考え方などが何物にもとらわれず、
   自由で伸び伸びとしており滞りのないこと

まだそういう境地にあった子貢は、
孔子に先立たれて暗夜に灯明を失ったように、
たちまち自らの進むべき道に迷い始めます。

そして若い弟子達と喪に服した三年間、
ひそかにその進むべき道を模索したけれども
得られなかったので、
さらに三年間ひとりで墓側の独座して
孔子に訊こうとしたのではないでしょうか。

しかし、死人に口無く、
苦悶しながら自問自答を繰り返すうちに、
孔子の求めた「道」の存在を自得して、
安心立命したのでありましょう。

そうして再び世に出て、
彼の特性を発揮し、
斉国で終わりを完うしました。

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫 あたいはどんな人物か
ニャー
   
   


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2008年10月06日

学の道

今日の論語 29

子曰わく、

黙して之を識(しる)し、

學びて厭わず、

人を誨(おし)えて倦(う)まず。

何か我に有らんや。

(述而第七・仮名論語八〇頁)


解 釈
先師が言われた
「黙っていて、心に深く知り、
学んであくことがなく、
人を教えて怠らない。
そのほかに私に何があろうか」

通 釈
人は学べば学ぶほど、
ますます足らなさを覚えるものです。
その足らなさを自覚することによって一層学ぼうという気が起こる。
孔子は生涯、天や人や書によって学び、
晩年に及んで聖境に達した人であります。

一方
「教うるは学ぶに半(なか)ばす」
というように、
生涯倦むことなく教えた人でもあります。

真に教えようとすると、
また自らの足らなさをも発見するものです。
そうすると真剣に学ぼうとするので、
長足の進歩をすることになるわけです。

人間を完成させてから教えようと思えば、
生涯はその機会は来ないものであります。

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 
生涯倦むことなく・・・やっているかニャー
   ここが事を成し遂げた人との違いかニャー?
   


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2008年10月05日

富国有徳

今日の論語 28

子曰わく、
徳有る者は必ず言有り。
言有る者は、必ずしも徳有らず。
仁者は必ず勇有り。
勇者は必ずしも仁有らず。

(憲問第十四・仮名論語二〇二頁)

解 釈
先師が言われた
「有徳の君子は、必ず良い事を言うが、
良い事を言う者が必ずしも徳があるとは限らない
仁者は必ず勇気があるが、
勇者は必ずしも仁があるとは限らない

exclamation君子=立派な人になろうと志す人
exclamation徳は全て「仁ベース

通 釈
〜前略〜
孔子が衛の国へ行かれた時、
弟子の冉有が御者としてお供しました。

孔子「衛の国は人口が多いね」

冉有「おっしゃるように人口は多いですが、
   先生ならこの上に何をなさいますか」

孔子「まず裕福にしてやりたい」

冉有「皆が裕福になりましたら、
   その次は何をなさいますか」

孔子「これを教えよう」

教えるというのは、
道徳を根幹とする人間教育を施すことであります。
〜後略〜

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 口だけの人にはなりたくないニャー晴れ

   


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2008年10月04日

不易流行

今日の論語 27

子曰わく、
予(われ)言うこと無からんと欲す。
子貢(しこう)曰わく、
子如(しも)言わずんば、
則(すなわ)ち小子(しょうし)何をか述べん


子曰く、
天何をか言うや、
四時行われ百物生ず。
天何をか言うや。

陽貨第十七・仮名論語二七三頁)

解 釈
先師が言われた
「私はもう何も言うまいと思う」

子貢がこれを聞いて
「先生がもし何も言わなければ、
私どもはどうして先生の教えを学び、
伝える事ができましょうか」
と言った。

先師が言われた
「天は何を言うだろうか。
しかし春夏秋冬の四季はめぐっているし、
万物はおのずから生長しているではないか。
天は何を言うだろうか」

通 釈
この頃、「不易・流行」という言葉がよく聞かれますが、

「不易」は千載不易で、古今を通じて変わらない事。

「流行」は一時流行で、急に変化して止まない事」。

仏教でいう諸行の「行は」は物の意味です。
したがって「諸行無常」と言い換えてもよいわけだ。

すべて物は絶えず変化して止まるところはない。
しかし変わるということは、変わらないということがあって、
初めてその概念が出来てくる。
朝だと思う間に昼が来て、やがて夜が来る。
翌日もまた同じ事が繰り返される。
これは太古から変わらない現象であります。

我々には偶然に動いているように見えても、
そこには不易の法則・因果律によっているのであります。

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 当たり前のことの奇跡を思うニャーるんるん
 
   


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2008年10月03日

平和と礼節

今日の論語 26

有子曰わく、
禮の和を用(もっ)て貴(たっと)しと爲(な)すは、
先王の道も斯(これ)を美と爲す。
小大之に由(よ)れば、
行わざる所あり。
和を知りて和すれども、
禮を以って之を節せざれば
亦(また)行うべからざるなり。

(學而第一・仮名論語七頁)

解 釈
有先生が言われた
「礼において和を貴いとするのは、
単に私の独断ではない。
昔の聖王の道も美しいことだとした。
そうかといってすべての人間関係を
和一点張りでいこうとすると、
うまくいかないことがある。
和の貴いことを知っても和しても、
礼をもって調節しないと、
これまたうまくいかないのである。」


通 釈
〜前略〜
学校でも「平和」が教育の根幹となりましたが、
いつしか浅薄な平和論が一人歩きをするようになっていまうs。
これを正常化するためには、
まず誤った平等主義や平和主義を反省して、
戦後おろそかにしてきた「礼節」について再考すべきです。
平和の貴いことを知っていても、
礼節をもって調節しないと、
これまたうまくいかないものであります。


 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 親しき仲にも礼儀ありだニャーるんるん
 
   


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2008年10月02日

縁尋

今日の論語 25

子、川の上(ほとり)に在りて曰(のたま)わく、
逝(ゆ)く者は斯くの如きか。
晝夜(ちゅうや)を舎(お)かず。

(子罕第九・仮名論語一一九頁)

解 釈
先師川のほとりにあって言われた
「時の流れはこの水のようなものであろうか、
昼も夜も休まない」

通 釈
長い目で見れば、川の水は遠く流れ流れて海にいたり、
やがて水蒸気となって天に上って雲となる。
そうして雨となって川に戻ります。

人の世もまた、
一瞬として止まるところなく流行変化しておりますが、
ひとたび結んだ縁というものは尋ねたずねて、
全く思いがけない時と処で遭い逢うように出来ておるのであります。
〜中略〜

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 日々是ライブなりニャーるんるん
 
   


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2008年10月01日

終身の計

今日の論語 24

子曰わく、
人にして遠き慮(おもんばかり)無ければ、
必ず近き憂い有り。

(衛霊公第十五・仮名論語二三三頁)

解 釈
先師が言われた
「目先のことに捉われず、
先の先まで思いをめぐらさねければ、
必ず身近なところに思いがけない心配事が起こるものだ」

通 釈
太宰春臺の「産語」に次のようなものがあります。

衛君「一服してはどうかね。
   お前はなぜそんなに苦労して松の苗を植えているのか」

老人「家の棟や梁の材木を造ろうと思って
  植えているのでございます」

衛君「お前はいくつかね」

老人「八十五でございます」

衛君「この松が立派になって、
   お前が役立てられると思うかね(笑)」

(老人は植えるのをまめ、衛君を仰ぎ見て)

老人「樹木が役に立つようになるのには百年をまたねばなりません。
   殿様あなたは、ご自分の世に用いようと思われるのですか。
   ああ、国を治める方のお言葉とは思えません。
   私は老いぼれて死も近づいております。
   ただ子孫の暮らしのことを思わずにはおれません」

衛君「私は間違っていた。
   お前のそのよい言葉を先生としよう」

(衛君は大いに恥じて、心から感謝したのであります)

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 「木を見て森を見ていない」んだ
ニャーiモード 
   


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2008年09月30日

今日の論語 23

子曰わく、酒の因(みだれ)を爲(な)さず

(子罕第九・仮名論語一一九頁)

解 釈
先師が言われた
「酒を飲んでも乱れることはない」

通 釈
世界の代表的聖人といわれるキリスト、釈迦、ソクラテスに
子孫が現存していることを聞きません。

ただ孔子をはじめ、その門流の曽子、顔子、孟子等の子孫が、
今も尚、先祖の遺教を奉持し、
その祭祀を継承しているのはとても特異なことであります。
それには色々の原因があるでしょうが、
私はその一つにがあるように思われます。

酒は、理屈を越えて親族や友人をはじめ、
神と人、先祖と子孫を結ぶうえに限りない功徳を持つものです。
酒の道具に銚子(調子と音通)や徳利の名のあるのはおもしろいことです。

〜中略〜
この須須許理(すすこり)が酒を造って天皇に献じましたところ、
天皇はこれを飲まれてたちまち酔われ、
浮き浮きした気持ちになり、お歌を詠まれたそうであります
〜略〜

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 昨夜は論語の合同例会の反省会・・・
   飲むと・・・無性にしゃべりたくなるのは、
   タガが外れるせいだ
ニャーグッド(上向き矢印)ふらふら 
   


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2008年09月29日

大悲願

今日の論語 22

子曰わく、朝(あした)に道を聞けば、
夕(ゆうべ)に死すつとも可(か)なり

(里仁第四・仮名論語四一頁)

解 釈
先師が言われた
「朝に人としての真実の道を聞いて悟ることができれば、
夕方に死んでも悔いはない」

通 釈
この章句は、孔子の純一熱烈な求道の態度を述べたものと解するのが一般的であります。
しかしそうではなくて、
世の人がすべて道を素直に聞いてこれを実践し、
天下が平安に治まれば、
自分はいつ死んでもよいと解する摂もあるのであります。

これを裏返せば、天下に人の道が行われない限り、
自分は死んでも死にきれないとなる。
これは衆生の中に一人でも悩み苦しむ者があるならば、
自分は決して極楽に往生しようとは思わないという
菩薩の大悲願と相通ずるものがあります。
 

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 いつ死んでもいい生き方・・・あたいは、しているのか?
ニャー 
   論語と関係ないけど・・・今日は新月新月


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2008年09月28日

温故知新

今日の論語 21

子曰(のたま)わく、
故(ふる)きを搵(たず)ねて新しきを知る、
以って師と爲(な)るべし。

(爲政第二・仮名論語十六頁)

解 釈
先師が言われた
「古いことを尋ねて、
そこから新しいことを知る者は、
人の指導者となることができる」

通 釈
「温故知新」は、古くから広く知られた言葉ですが、
「論語」が出典であります。
現在の輝かしい文化は、
人間が何万年もかかって積み重ねた結果です。
言葉により文字により、
また行為によって、親から子へ、子から孫へと、
先祖の業績を伝え今日に至ったものです。

孔子や釈迦やキリストの教えが
昔から続いているのもそこにあります。

孔子は、古いことを知ったうえに新しいことを知らなければ、
指導者とはいえないと言っておられます。
これは個人の生活はもとより、
国家の政治や企業の運営においても大切なことです。

孔子の子孫が二千五百年近く連綿として先祖の教えを奉戴(ほうたい)し、
その祭りを継承して変わることなく今日に至っているのは、
その生きた証でありましょう。
 

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 
今日の論語ひらめき9月7日から初めて、21日目です。
   だいたい、習慣を変えるのにも継続して21日間
   といいますから・・・明日からは、「しなけらばいけない」
   ではなく「写したいから写す」でいこう
ニャー るんるん


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2008年09月27日

不言実行

今日の論語 20

子曰(のたま)わく、
古者(いにしえ)言(ことば)を之(こ)れ出(いだ)さざるは、
躬(み)の逮(およ)ばざるを恥(は)ずればなり。

(里仁第四・仮名論語四五頁)

解 釈
先師が言われた
「昔の人々が、軽々しく口に出さなかったのは、
実行がなかなかともなわないことを
恥じたからである。」

通 釈
人は自分の言葉に責任を持たねばなりません。
自分の言葉に責任を持てば、
実行できない言葉をむやみに口にすることは、
恥ずかしいはずである。
 
 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 
あたいは、ずーと「不言実行」してたの。
でも、「○○セミナー」とかなんとかそういう方達の教えは、
「有言実行」だって言われて、それを実行したけども、
あたいにはやっぱり「不言実行」の方が合ってるニャー 手(チョキ)


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2008年09月26日

不孤

今日の論語 19

子曰(のたま)わく、徳は孤ならず。
必ず鄰(となり)有り。

(里仁第四・仮名論語四六頁)

解 釈
先師が言われた
「報いを求めず、陰徳を積んでいる者は、
決して一人ぼっちではない。
必ず思わぬ所にこれを知る者がいるものだ」


通 釈
徳には、人知れずしてそっと積む陰徳と、
人にわかるようにあらわに積む陽徳とがあります。
「徳は孤ならず」の徳は陰徳を指す。
陰徳を積んでおる者は、天知る、地知る、人が知るもので
独りぼっちではない。
必ず鄰(となり)有り」の「必ず」がよくきいています。

   
「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 ガリレオ・ガリレーの言葉で
世界で誰かがおまえを分かってくれる人が、かならずいるものだ
なげくことなかれ
こんな内容だったかな〜
高校の時、後輩がその言葉を書いているのをみて、
私も手帳に書き写したんでしたニャー(爆) 


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2008年09月25日

真の自由人

今日の論語18

酒は量無く亂(らん)に及ばず

(郷党第十・仮名論語一三三頁)

解 釈
酒には量はないが、
乱れて人に迷惑をかけるような飲み方はされなかった


通 釈
〜中略〜
だいたい「從心」というのは自分で自分をコントロールするものです。
外からの強制に夜ものではなく、
内から自分で自分をコントロールできる人が真の自由人といえます。
人間孔子もまた七十を過ぎて真の自由を得て、
大成の境に達せられたわけであります。

   
「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 
最近、ビール350ml一本でも、飲まない時と比べると、
  翌朝の快適差が違うことに気づいた
ニャー
  弱くなったってことかニャー(爆) 


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2008年09月24日

祈り

今日の論語 17

子曰(のたま)わく、
如(も)し王者有らば、
必ず世にして後に仁ならん


 (子路第十三・仮名論語一八八頁)

解 釈
先師が言われた
「もしも真の王者が現れたならば、(今のような乱世でも)
三十年(一世)もすれば、
天下の人はすべて仁に化するであろう」

通 釈
夢は一日にしてなるものではありません。
ある人は「何か大事をなそうと思えば、
少なくても一万回の祈りを捧げることが必要だ」
と言っていましたが、祈るとは思う事です。
一日に一回思えば三十年かかる。
三回だと十年、十回だと三年は続けねばなりません。

   
「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 
継続が成功の道とわかっていても、
  ついつい「すぐに変わる○○」とかいう本を購入してしまうんだニャー(爆) 


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猫 今日はお彼岸の中日だニャー 


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2008年09月23日

墓参りも孝行

今日の論語16

猛懿子(もういし)、孝を問う。
子曰(のたま)わく、違(たが)うこと無し。
樊遲(はんち)御(ぎょ)たり。
子之に告げて曰わく、
猛孫孝(もんそんこう)を我に問う、
我對(こた)えて曰わく、違うこと無しと。
樊遲(はんち)曰わく、何(なん)の謂(いい)ぞや。
子曰わく、生けるには、
之に事(つか)うるに禮(れい)を以てし、
死すれば之を葬るに禮を以てし、
之を祭るに禮を以てす。

  (爲政第二・仮名論語十三頁)


解 釈
猛懿子(もういし)、が孝行について尋ねた

exclamation猛懿子(もういし)=魯の大夫

先師が答えられた
「違うことがないようになさることがよろしいかと存じます」
馬車の御者をしていた樊遲(はんち)に先師が
「猛孫が孝行について聞かれたので違う事がないように
なさることがよろしいかと存じますと答えたよ」
と言われた。

樊遲(はんち)が「どういう意味でございましょうか」と尋ねた。
先師が答えられた。
「親が生きている時には礼によって仕える。
亡くなった時には礼によって葬り、
礼によって祭るという意味だ」



      「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



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