子曰わく、
人にして遠き慮(おもんばかり)無ければ、
必ず近き憂い有り。
(衛霊公第十五・仮名論語二三三頁)
解 釈
先師が言われた
「目先のことに捉われず、
先の先まで思いをめぐらさねければ、
必ず身近なところに思いがけない心配事が起こるものだ」
通 釈
太宰春臺の「産語」に次のようなものがあります。
衛君「一服してはどうかね。
お前はなぜそんなに苦労して松の苗を植えているのか」
老人「家の棟や梁の材木を造ろうと思って
植えているのでございます」
衛君「お前はいくつかね」
老人「八十五でございます」
衛君「この松が立派になって、
お前が役立てられると思うかね(笑)」
(老人は植えるのをまめ、衛君を仰ぎ見て)
老人「樹木が役に立つようになるのには百年をまたねばなりません。
殿様あなたは、ご自分の世に用いようと思われるのですか。
ああ、国を治める方のお言葉とは思えません。
私は老いぼれて死も近づいております。
ただ子孫の暮らしのことを思わずにはおれません」
衛君「私は間違っていた。
お前のそのよい言葉を先生としよう」
(衛君は大いに恥じて、心から感謝したのであります)
「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より
高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
http://rongo.jp/index.html
論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
http://rongo.jp/unei/unei00.html
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