2008年10月01日

終身の計

今日の論語 24

子曰わく、
人にして遠き慮(おもんばかり)無ければ、
必ず近き憂い有り。

(衛霊公第十五・仮名論語二三三頁)

解 釈
先師が言われた
「目先のことに捉われず、
先の先まで思いをめぐらさねければ、
必ず身近なところに思いがけない心配事が起こるものだ」

通 釈
太宰春臺の「産語」に次のようなものがあります。

衛君「一服してはどうかね。
   お前はなぜそんなに苦労して松の苗を植えているのか」

老人「家の棟や梁の材木を造ろうと思って
  植えているのでございます」

衛君「お前はいくつかね」

老人「八十五でございます」

衛君「この松が立派になって、
   お前が役立てられると思うかね(笑)」

(老人は植えるのをまめ、衛君を仰ぎ見て)

老人「樹木が役に立つようになるのには百年をまたねばなりません。
   殿様あなたは、ご自分の世に用いようと思われるのですか。
   ああ、国を治める方のお言葉とは思えません。
   私は老いぼれて死も近づいております。
   ただ子孫の暮らしのことを思わずにはおれません」

衛君「私は間違っていた。
   お前のそのよい言葉を先生としよう」

(衛君は大いに恥じて、心から感謝したのであります)

 「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より


猫 「木を見て森を見ていない」んだ
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     高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     
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posted by こんちゃん at 07:54| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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