子曰わく、朝(あした)に道を聞けば、
夕(ゆうべ)に死すつとも可(か)なり
(里仁第四・仮名論語四一頁)
解 釈
先師が言われた
「朝に人としての真実の道を聞いて悟ることができれば、
夕方に死んでも悔いはない」
通 釈
この章句は、孔子の純一熱烈な求道の態度を述べたものと解するのが一般的であります。
しかしそうではなくて、
世の人がすべて道を素直に聞いてこれを実践し、
天下が平安に治まれば、
自分はいつ死んでもよいと解する摂もあるのであります。
これを裏返せば、天下に人の道が行われない限り、
自分は死んでも死にきれないとなる。
これは衆生の中に一人でも悩み苦しむ者があるならば、
自分は決して極楽に往生しようとは思わないという
菩薩の大悲願と相通ずるものがあります。
「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より
論語と関係ないけど・・・今日は新月
高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
http://rongo.jp/index.html
論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
http://rongo.jp/unei/unei00.html
【関連する記事】


