2008年09月21日

敬と恥

今日の論語14

子曰わく、
君子は其の言(ことば)の其の行いに過(す)ぐるを恥ず


(憲問第十四・仮名論語二一六頁)


解 釈
先師が言われた
「君子は、自分の言葉が行いより以上になることを恥じる」


通 釈
人は生まれながらに、
他の動物とは比較にならない向上心を天より与えられております。
そして向上にあたっては、まず目標を持つことが大切です。
そうしてその目標に比べて大きな隔たりを感ずるときに、
目標に対して起こる心が「敬」であり、
らを省みて、なぜ自分は及ばないかと思うときに起こる心が「恥」です。
したがって「敬」と「恥」は一つの心の両面であり、
敬恥の心」の起こるところは人は限りなく向上します。

宗教は「敬」を基準とし、道徳は「恥」を基盤としているので、
健全な宗教には道徳の裏づけがあり、
道徳の裏づけには宗教があります。

孔子はその両面を具備した人でありますが、
どちらかといえば道徳を表としています。
ですから、その道徳の宝庫ともいうべき「論語」にも
「恥」が多く説かれています。

「恥」=「耳」+「心」

「はじ」または「はずかしめられる」と、
耳が熱くなり、赤く色づいてくるところからこの字(恥)が作られました。 

恥を知ることを 「知恥」
あやまちをはじることを 「恥過」
心にはじておそれることを 「恥懼(ちく)」

      
「論語に生き 論語を活かす」 伊與田 學 著より



猫耳」と「心」で「恥」、会意文字って・・・すごいニャー〜
  ちゃんーんと腑におちるニャー わーい(嬉しい顔)


     高野大造師の”書いて味わう人生応援歌「論語」”
     http://rongo.jp/index.html

     論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
     http://rongo.jp/unei/unei00.html
posted by こんちゃん at 11:32| 山形 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 論語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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