http://rongo.jp/index.html
の写論を60日間書き続けたのがついこの間でした。
実際の勉強会には、まだ5回ほどしか行ってないのですが、
なんだか、やっぱり「すごいぞ論語!おもしろいぞ論語!」
と嵌っております。

さて、今日からは、
「論語に生き 論語を活かす」
伊與田 學 著
の中から写論をはじめようと思います。
・・・の前に、

今から2500年くらい前、に孔子が言った事、行った事。
又、優れた弟子達の言った事、行った事。
そしてお互いに問答をしたことなどを、
孔子の直弟子の次の孫弟子の時代に
恐らくは自分の先生から直接伺った孔子の記憶を思い起こし、集めて、
みんなで論議して編纂した短い語録

紀元前551年に生まれ、479年に73歳でなくなった人。
キリストさんよりも古いです。
お釈迦さんと大体同じ頃と言われています。
姓=孔 名=丘(きゅう) 字=中尼(ちゅうじ)
孔子の子は、先生という意味です。
なので、孔子=孔先生と読んでいる事になります。
今日の論語1
子曰(しのたま)わく、
吾十有五(われじゅうゆうご)にして學(がく)に志(こころざ)し、
三十にして立ち、四十にして惑わず、
五十にして天命を知り、
六十にして耳順(みみしたがい)い、
七十にして心の欲する所に従えども矩(のり)を踰(こ)えず
解説
私は、十五の年に聖賢の学を志し、
三十になって一つの信念を以って世に立った。
然し世の中は意のままには動かず、
迷いに迷ったが、
四十になって物の道理がわかるにつれ迷わなくなった。
五十になるに及び、自分が天のはたらきによって、生まれ、
又何者にもかえられない尊い使命を授けられていることを悟った。
六十になって、人の言葉や天の声が素直に聞けるようになった。
そうして七十を過ぎる頃から自分の思いのままに行動しても、
決して道理をふみはずすことがなくなった。
(現代訳 仮名論語 冩政第二 より)

自分はこういう変化をしながら現在の境地に達したのだということ」
らしいです。

論語に学ぶ会 山形塾で学んでいまーす
http://rongo.jp/unei/unei00.html
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まあ、自分は孔子様より、10年から20年たくさん生きたら、似たようなことを実感できるのかな〜と思いました。(どっちに書き込んだらええんか、わからんので、mixiにも書こうっと。メールアドレスって書き込んだら、全体に公開されるんかな〜?
こんちゃん日記、コンパクトで内容もひきしまっていて、読みやすく楽しいです。
たくさん書いてきておられたんですね。
以前のもぼちぼち読ませてもらいます。
生きた証しですね、続けてくださいね(ハートマーク)(笑)
コメントありがとうございます。
たけちゃんの高校時代は、倫理があったのですね。
私の高校時代は・・・記憶にはありません(笑)
しかし、以前から「論語」は気になっていて、そうしたら、あるきっかけがありましてね。
只今、勉強中です(笑)
>こんちゃん日記、コンパクトで内容もひ>きしまっていて、読みやすく楽しいです。
ありがとうございます。
そう言っていただいて嬉しいです。
このHP作っていただいている、
デザインスクエアさんに感謝です。
「意味は繰り返し諳んじるほどに(論語の素読が)身につくようになると、自然にその(論語)意味が体得できる」と訳の分からないこと言われて、ただただ素読繰り返してました。
集落では今も小学5年〜中学3年の子達が素読を習っていますよ、黙々と。
間違った(笑)孝子丸さん
コメントありがとうございます。
>意味もわからず
>意味は繰り返し諳んじるほどに
その時はわからなくても、いつか
「あれっ?これってこういう意味だったのか」
とか
「憶えてるよ〜私ってすごい(笑)」
なーんて日が来るかも、
その時初めて「やっていてよかった〜」
と感じるんでしょうね。
ありがたいのは、るび。
ワープロのおかげで、漢字力は落ちるばかりです。
孔子、キリスト、釈迦の皆さんの出現はほぼ2000年前で、偶然であったのか、必然のためだったのか? 不思議を感じます。
山形の女優とはこれも不思議を感じます。
私の世間が狭い姓かもしれません。
神戸から
コメントありがとうございます。
私も「るび」がないと読めないです。
神戸・・・東京塾はあるんですけどね。